〈STORY〉
平安時代の摂津国で仲睦まじく暮らしていたある夫婦。しかし、生活が傾き、2人は別離を選ぶことに。元夫を忘れられない女の魂は現代の大阪に現れ、旅行者の男を連れ出し、かつてそこに存在したが忘れ去られた名も無き人々の記憶をめぐる。しだいに、隣を歩く男に、あるはずのない記憶が呼び覚まされ…。

〈脚本家による解説〉
 この国はかつて豊葦原の瑞穂の国と呼ばれ、難波は葦の名所として知られたが、今や葦(芦)は忘れられた存在である。淀川水系の水辺では周縁化された人々が古くから生活を営んできたが、「水都」大阪の歴史では語られず、再開発の波により益々見えない存在とされている。
 本作『芦刈』は蘆刈説話を題材に葦のように名もなき人々の記憶を主題とする。平安初期、難波の辺りに暮らす夫婦は没落し、男が落ち着いたら女を探し訪ねると約束して二人は別れる。女は流浪後に京の貴人の邸に仕えるが、男を想い続け、遂には舟で難波へ赴く。二人は再会を果たすが、芦刈人に落ちぶれていた男は逃げ隠れし、和歌で辛い境遇と心境を伝える。『大和物語』では貴人の後添えとなっていた女はこれを嘆き京に戻る。舞台上で添い遂げさせようとしてか、世阿弥の『蘆刈』では貴人の乳母として身を立てていた女が前夫を迎え、一緒に京に戻る。千年以上前の無名の夫婦の記憶が物語や能となり今に伝えられる不思議。
 本作は設定を現代の大阪に変え、女の亡霊が転生した男と再会する物語にした。前世の記憶を失った男の前に女はボランティアガイドとして現れ、男を連れ出す。難波宮跡から桜之宮までの道行で、当初、男は史跡で有名な和歌や俳句を諳んじて陶酔するばかりだが、それぞれの場所に眠る人足、芦刈人、遊女、河原者、野宿者、済州島出身者たちの記憶/亡霊が次々と呼び起こされ、二人の過去を交差させてゆく。夢幻能仕立てにし、亡霊は過去を語る女と過去を再現する周縁化された人々とに分けたが、後者には庶民の代弁者や批判者の役割を担う古代ギリシャ演劇のコロスの要素に狂言と大阪の風刺と笑いの文化をブレンドした。現代化するにあたり、会話文は口語調にして対句や押韻を加え、道行は文語調にした。和歌のほか文学作品や周りの人々の声を直接的、間接的に引用し、「引用の織物」としてのテクストを私なりに織り上げた。


〈脚本〉
渡辺紀子(わたなべのりこ)
祖母の思い出話を聞きながら育ち、記憶や物語に興味を持つように。2009年、ワークショップデザイナー育成プログラム(大阪大学)を履修。これを機に小劇場通いを始め、英語によるシェイクスピア作品のマンガ紙芝居制作など参加型の学びを実践する。2019年、演劇ラボラトリー・木ノ下歌舞伎プロジェクト(アイホール)を受講し、古典作品の補綴(ほてつ)の手法を学ぶ。小さな記憶や声を拾い集めながらテクストを読み直し、同時代的な「物語」を紡ぐことを試みている。